ジョージ・ルーカスについて
ジョージ・ルーカス(George Walton Lucas Jr, 1944年5月14日 - )は、アメリカの映画監督・プロデューサーである。『スター・ウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』三部作などの世界的大ヒットシリーズの製作で非常によく知られている。スティーヴン・スピルバーグと並んで最も商業的に成功した映画製作者の一人でもある。
ジョージ・ルーカス(はカリフォルニア州モデストに生まれた。1960年代の間、フィルムに関する専門学科を早くから設けたロサンゼルスの南カリフォルニア大学(USC)で映画の勉強をした。そこで彼はたくさんの短編を制作し、特にその中の一つ、『電子的迷宮 THX-1138 4EB』は数々の賞を受ける。
卒業後、ワーナーのスタジオでの研修中、『フィニアンの虹』を撮影中のフランシス・フォード・コッポラと出会って意気投合し、ハリウッドのシステムに強制されることのない映画制作者の為の環境を作ることをめざしてコッポラが設立したアメリカン・ゼオトロープ社に副社長として参加する。そして、アメリカンゼオトロープの第一作『THX 1138』(『電子的迷宮 THX-1138 4EB』の長編映画化作品)で初監督をつとめることになる。その後、ルーカスは自らの映画制作会社ルーカスフィルムを設立し、制作・監督した『アメリカン・グラフィティ』(『ゴッドファーザー』で一流監督の仲間入りをしていたコッポラをプロデューサーとして迎え入れる)が大ヒットし、ルーカスは一躍有名になる。そして、20世紀フォックスに企画を自ら持ち込んで『スター・ウォーズ』の制作を始めるが、コッポラが自分の企画に介入することを阻止するために、温めてきた『地獄の黙示録』をノンクレジットで渡してしまう。そのかわり『スター・ウォーズ』をコッポラの影響なしに制作することができた。
初めは監督より編集者として活躍していただけに、早くからフィルムをカットしていく従来の方法ではなくビデオを利用した電子編集を導入したり、世界最初のノンリニア編集システム"editdroid"の開発をも支援した。
『スター・ウォーズ』第1作で既にドルビー・ステレオを導入していたルーカスは、映画館の音響設備が整備されていなかった高水準の音響設備や上映環境を整えるためTHXプログラムを80年代に立ち上げた。これはルーカスフィルム傘下で高品質の音響製作を行うスカイウォーカー・サウンドの音がそのまま映画館でも再生出来るよう意図したものである。さらに映写システム調整用のテスト素材TAP[1]の供給も開始。これによって上映環境が画も音も改善され、ドルビーのサラウンドシステムの進歩も促した。THXでは上映フィルムの品質管理も行うようになり、LD、DVDなど家庭用ソフトウェアでもTHX認定を受ける製品がある。映画上映の環境改善、ビデオや音響システムのデジタル化に伴った製作から家庭までの再生環境の向上に、ルーカスとTHXは絶大な影響を与えたのである。
『スター・ウォーズ』新3部作ではまず扮装したスタッフに構想した場面を演じさせ、視覚効果と合成した時の仕上がりや各場面の尺、編集のタイミングを見通した上で俳優を起用した撮影に入る、という撮影前に編集するプロセスを採った。更にその時の映像を撮影前に俳優に見せる事により、後でCGをはめ込む為撮影中は周りの風景が見えないブルースクリーンの中でもより演技しやすい環境を作った。
『スター・ウォーズ』第1作のためにルーカスフィルム傘下に立ち上げたSFXスタジオILMに80年代初頭にCG部門を開設してピクサーの母体を作り、逸早くHD24Pを導入し配給の経費削減にも貢献するデジタルシネマ構想など映画製作のデジタル化推進の急先鋒であるにもかかわらず、当の本人は至ってアナログ派で『スター・ウォーズ』新3部作の脚本もバインダー式ノートに鉛筆で書かれている。
映画賞にはそれほど縁のないルーカスではあるが、1991年には長年の功績を称えられ、アカデミー賞のアービング・G・タルバーグ賞を受賞した。2007年の第79回アカデミー賞授賞式で(監督賞を受賞した事のある)スピルバーグ、コッポラと並んでセルフ・パロディとも言うべき掛け合いを披露した。
製作総指揮を手掛けた作品も多いが、その殆どは監督作とは対照的に作品的に評価が低く、『ハワード・ザ・ダック』はその最たる物である。
ルーカスは現在『インディ・ジョーンズ4』(2008年5月公開予定)を製作中で、第二次世界大戦時に空軍に参加した黒人パイロットの物語『Red Tails』という作品の企画も発表されている。しかし、映画製作はリスクとコストが高いことを理由に映画業界からの撤退も示唆しているので、『Red Tails』の公開は実現しない可能性もある。