ジャッキー・チェンについて
ジャッキー・チェン(英語表記:Jackie Chan、繁体字表記:成龍、本名:陳港生(家系図上での本名は房仕龍)、1954年4月7日 - )は香港出身の映画俳優。身長173cm。血液型はAB型。香港での英語名を日本、欧米での芸名としている。
中国武術を取り入れたカンフー・アクション映画で一躍有名になり、50歳を越えた現在でも自らアクションスタントをこなすことで有名。代表作は『プロジェクトA』など多数。愛称は「大哥」(タイコー、大兄貴の意)。1994年に文盲であることを告白したが、現在は克服している。広東語、北京語、英語に堪能である。
妻は、台湾の元女優の林鳳嬌(リン・フォンチアオ)。息子は同じく俳優のジェイシー・チャン(房祖名)。息子の初主演作『ツインズ・エフェクト2』(原題『千機變2 花都大戰』)で共演をした。
無名時代、ブルース・リーの映画『ドラゴン怒りの鉄拳』でスタントマンを務め、『燃えよドラゴン』ではエキストラとして出演した。一旦オーストラリアに移住し、映画業界から離れるが、のちに香港へ戻り、映画会社ゴールデン・ハーベスト社と契約し、多数の映画に出演した。
当時の香港映画界は、ブルース・リーの夭折で低迷期にあり、ブルース・リーのそっくりさんを使った作品や、クオリティの低い二番煎じ的なカンフー映画が乱発されていた。ジャッキーも、初期作品ではブルースの後継者として期待され、シリアスな役まわりが与えられることが多かったが、大成功には至らなかった。そうした反省も踏まえ、ジャッキーは制作側に注文し、ストーリーやアクションにコミカルさを交え、自身のキャラを生かした作品を作ることを目指す。これが『スネーキーモンキー 蛇拳』(1978年)といったヒット作の誕生につながった。また、自ら命懸けのスタントをこなす姿勢も評価され、人気を得ていった。
元々、ハリウッド進出の意欲は高く、『バトルクリークブロー』、『キャノンボール』、『プロテクター』など米作品に主演・出演してきたが評価は高まらなかった。しかし、1995年公開の香港作品『レッド・ブロンクス』が全米興行収入初登場1位というアジア映画初の快挙を成し遂げ、再びハリウッドへの道が開けた。
そして1998年の『ラッシュアワー』のヒットで、ハリウッドスターの地位を築いた。このラッシュアワーシリーズの続編『ラッシュアワー2』は全世界興行成績で驚異的な大ヒットを記録する。その後『シャンハイ・ヌーン』『シャンハイ・ナイト』『タキシード』『80デイズ』など、立て続けにハリウッド作品に主演。アメリカを中心に世界各国での知名度が上がり、アカデミー賞のプレゼンターとしても登場するなど、世界を代表する東洋人ハリウッドスターとなった。
2007年には真田広之や工藤夕貴も出演する『ラッシュアワー3』が公開され、公開週で全米No.1を獲得。また、今後は李連杰(ジェット・リー)との共演作の制作も予定されている。